こんにちは。
りんです。
『利家とまつ』を振り返ると、
合戦や政の動き以上に、
人の選択や関係性が強く心に残る作品だったように感じられます。
戦国時代を舞台にしながらも、
物語の重心は人の暮らしや感情の動きに置かれていました。
なぜこの作品が、
見終えたあとも印象に残りやすいのか。
その理由を、
いくつかの視点から整理してみます。




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『利家とまつ』が印象に残る理由を考えてみる
主人公が“時代を動かす側ではない”立場にいたこと
前田利家は、
信長や秀吉のように歴史の中心に立つ人物ではありません。
天下を目指すというよりも、
どうすればこの時代を生き抜けるのか、
どうすれば家族を守れるのかを
考え続ける姿が描かれていたように思います。
その距離感が、
物語をどこか身近なものとして
感じさせていたのかもしれません。
夫婦を“対等な関係”として描いたこと
この作品が多くの共感を集めた最大の理由は、
利家とまつの夫婦関係の描き方に
あるのかもしれません。
まつは、
ただ耐えて支える存在ではありません。
感情で突き進みがちな利家に対し、
現実を見据え、
言葉で向き合います。
利家が完成された人物として描かれていなかったこと
前田利家は、
最初から頼れる存在として登場するわけではありません。
- 感情に任せて動いてしまう
- 判断を誤り、後悔する
- 周囲の流れに翻弄される
そうした姿が繰り返し描かれます。
それでも物語から離れにくいのは、
彼が失敗を重ねながら、
考え続ける人物として描かれていたからではないでしょうか。
強さよりも、
揺れ動く過程が丁寧に描かれていたように感じられます。
戦国時代を背景にした、家族の選択の物語
物語の中で印象に残るのは、
戦の勝敗だけではありません。
- 夫婦のすれ違い
- 家族としての決断
- 生き延びるために受け入れざるを得なかった判断
描かれていたのは、
「どう勝つか」よりも、
どう生き続けるかという問いだったように思います。
その視点が、
時代劇という枠を越えて
受け取られた理由のひとつかもしれません。
自分の立場と重ねて見られる部分が多かったこと
天下人の物語は、
どうしても特別な世界の出来事として描かれがちです。
一方で『利家とまつ』では、
- 出世や立場に悩み
- 家族を優先して折り合いをつけ
- 正解が見えないまま選択を続ける
そんな姿が描かれていました。
そのため、
時代や状況は違っていても、
自分自身の人生と重ねながら
見られる場面が多かったのではないでしょうか。
おわりに

『利家とまつ』は、
戦国時代を舞台にしながらも、
人が迷い、選び、関係を築いていく過程に
重きを置いた作品だったように思います。
成功や栄光だけでなく、
迷いや遠回りを含めた生き方が描かれていたからこそ、
見終えたあとも静かに残るものがあったのかもしれません。
時間を置いて見返すことで、
感じ方が変わる部分も多い作品ではないでしょうか。



